ハッピー・サイエンス・ユニバーシティのオープンキャンパスに行った話

皆さんこんにちは。

夏は暑いですね。

夏といえばなんでしょう。そう、オープンキャンパスですね!

そんな訳で、8月7日、千葉県長生郡長生村にキャンパスを構える、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(以下HSU)のオープンキャンパスに参加してきたので、そのレポを書こうと思います。

ちなみに、僕自身、何か特定の宗教を信仰しているわけではなく、また、幸福の科学に関してもほとんど情報を持たない状況で、要するに興味本意で行ったので、そのような目線から書いていくことを先に断っておきます。

HSUオープンキャンパスの内容に入るまでの前置き

そもそものきっかけ 

そもそもの始まりは、僕の所属しているサークルクラッシュ同好会関東支部で、ホリィ・センサークルクラッシュ同好会会長)が「HSUオープンキャンパスに行きたいんだけど誰か一緒に行かないか」と、声をかけたのがきっかけでした。

その結果、サークラに所属する、僕とホリィ・センとTさんの3人で行く事になりました。 

HSUまでの道のり

さて、ここで、HSUまでのアクセス方法を述べておきます。

HSUの最寄駅は千葉県にある上総一ノ宮駅で、そこから車で、15分ほど行った先にあります。そのため、都内からは、まあ、そう簡単に行ける距離ではなく、移動時間的(2時間半強)にも、交通費的(電車往復3000円強+駅からキャンパスまでの移動費)にも、ちょっとした小旅行の風体を見せます。

今回は、交通費を抑えるために、ホリィ・センの買った青春18切符で向かいました。また、オープンキャンパスということで、上総一ノ宮駅から無料の送迎バスが出ていたため、安く行けました。

ホリィ・センと総武線で向かったのですが、お互いにあまり、乗り換え等をしっかり調べていなかったため、バスの発車時刻のギリギリに駅に着きました。先に着いていたTさんと合流して、駅の裏に止めてあるマイクロバスに急いで乗りました。席は20席ほどでしたが、満席で、補助席に座る形になりました。乗客は、単語帳を一生懸命見ている受験生らしき子から、親子連れまで様々でしたが、さすがに年配の方はいませんでした。我々は席順からか、緊張からかわかりませんが、あまり話すことなく粛々と到着を待ちました。 

受付

バスはカフェテリア(要するに学食)裏に停車しました。

その日は雲ひとつない快晴で、そばの九十九里浜から涼しい風が吹いていました。やはり出来て間もない大学ということで、建物、道等は非常に綺麗でした。生協はなく代わりにヤマザキショップが入っており、その扉に刻まれ「HSU店」の文字から、「ああ、本当にやってきたのだ」と興奮を禁じえませんでした。

 人の流れ沿って、カフェテリアに向かい、まずは受付を済ませることにしました。今回のオープンキャンパスは事前申し込みがあったのですが、それと照会する作業のようでした。

なにか、突然聞かれて困ることはないかと思い、先に、受付をしている女の子たちのやりとりを聞くと、どうやら、名前と、支部名を答えていたようでした。ここで、支部名を聞かれるのは困りました。なぜなら、僕は会員ではないためどこの支部にも所属していないためです。やっぱり会員でないと怪しまれるのだろうか。しかし、適当に支部を言っても、そんな支部は存在しないかもしれない。ええぃ、一か八かにかけるか?

なんてことを、思いながら、受付をすると、なぜか、自分の名前の横に川崎支部と書いてあったため、特に何事もなく終わりました。そのあとのTさんは支部名を聞かれて、困っており、また、ホリィ・センは、ホリィ・センでメールを送っていたためか、登録されておらず、ゴタゴタしていたようでした。 

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HSUオープンキャンパスの内容

HSUの基本情報

そんなこんなで、受付も終え、カフェテリアで受付でもらったタイムテーブルを見ながら、予定を立てることにしました。 

ここで少し、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティについての説明をしておきましょう。

ハッピー・サイエンス・ユニバーシティは、2014年、幸福の科学大学が文科省により不認可を受けたことにより、2015年に開設された私塾です。そのため正確には大学ではありませんし、そのため、学士資格も習得することはできません。

定員は240名で、昨年は260名の生徒を受け入れたようです。また、栃木県那須市にある、幸福の科学学園からの入学者が多いようです。

入試方法は一般入試とAO入試があります。

納入金は入学金が20万、授業料が80万〜100万ほどです。また、前述の通り、アクセスの悪い立地のため、学生寮がキャンパス内に併設されており、寮費寮食費合わせて、70万ほどです。

学内奨学金も、貸与、給付共に充実しているようです。

設置学部は、

文系が

  • 人間幸福学部(定員90名)
  • 経営成功学部(定員80名)
  • 未来創造学部(定員70名)

理系が

の四つになります。

各学部について少し説明します。

人間幸福学部は、人間幸福コースと、国際コースに分かれており、宗教家を育成する学部です。

経営施工学部は、経営成功コースのみで、経営学を学ぶ学部です。

未来創造学部は、2016年より開設された学部で、芸能・クリエーター部門専攻コースと政治・ジャーナリズム専攻コースに分かれており、コース名通り様々なことを学ぶ学部です。また、未来産業学部のみ2〜4年時は赤坂にある東京キャンパス(現在施工中のようです)で学び、2年制の短期特進課程も存在します。

未来産業学部は未来産業コースのみで、理工学部と考えれば良いと思います。

 以上乱雑ではありますが、HSUの基本情報になります。

これを踏まえて、これからの実際のオープンキャンパスの内容を読んでいただければ幸いです。

HSUの全貌

さて、そんな訳で、ある程度スケジュールを立てた我々は、まず人間幸福学部の学生研究発表会に向かうことにしました。なお、ホリィ・センの学生と触れ合いたいという意向により、学生が行うイベントへの参加が多めです。

ここから、学内に入っていくわけですが、ここで、初めて、校舎等キャンパスの全体像を見ることになります。

まず、単純な感想ですが、なんとなく怪しい場所という想像をしていたのですが、予想に反して、綺麗に刈り揃えられた芝生、立ち並ぶ針葉樹、白を基調にした建物、青い空、海岸から吹き抜ける風と非常に気持ちのいいキャンパスで驚きました。その分、宗教的な建築物やエンブレムが、まだ出来て間もないことも関係していると思うのですが、景色に馴染んでおらず、作り物感(まあ、実際に作り物なんですが)も相まって、なんとなく歪な感じを受けました。近代的な建築と、宗教的なモチーフはあまり親和性が高くないのかなと思いました。

 そんなことを思いながら、校舎へ向かいます。校舎への道の両脇には、オベリスクを思わせる巨大なモニュメントが一本づつ立っていました。そこには大川総裁の言葉と、寄付者の名前が書かれていました。これは他の宗教施設でも見られる光景ですね。寄付者の名前はこの後も様々な場所で見ることになります。

校舎は、入り口部分が空いた、コの字型をしていました。校舎入り口には、「愛・知・反省・発展」と刻まれた、「立志門」という4つの柱が立っていました。その門をくぐった先には「徳への階段」と呼ばれる大きな階段があり、その奥に巨大なピラミッド型の礼拝堂がそびえ立っていました。「徳への階段」から見る、礼拝堂は大変荘厳でした。

ちなみに、礼拝堂に使われているピラミッドのプレートもそれぞれ寄付されたもののようで、寄付者が書かれたキャプションが立っていました。

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学生発表会 

そんなこんなで、中講義室に着きました。ちなみに講義室の入り口にも、情報左上にも寄付者の名前が書かれています。

入り口では資料と、飲み物とお菓子を貰えました。「お好きなだけお取りください」と言われたので、たくさん取りました。

そして、迎えた、人間幸福学部の学生発表ですが、観客はそれほど多くありませんでした。そもそも、学内を歩いた感じもあまり人は見なかったので、全体的に少ないのかなと思います。

発表は10名ほどで全体で1時間半と結構長いです。どうやら、コンペのようで、審査員も居ました。待ち時間の間は、幸福の科学の曲が流れていました。

発表の内容は、マザー・テレサ吉田松陰等の偉人の精神と信仰との関係や、音楽と癒しの関係、天理教幸福の科学の関係、アドラー心理学で見るいじめ問題など様々なものがありました。

全てに共通する特徴は、すべての根本的な根拠を、大川総裁の著作においている点でした。後に、わかるのですが、幸福の科学の知は、真理のため、なんの問題もなく根拠として使えるし、他の知よりも優越するようでした。

発表の中で一番面白かったのは、「天理教から考える現代的繁栄思想の必要性」で、内容としては幸福の科学は現在推定しつつある天理教の受け皿となる、みたいな内容だったと思います。その中で、幸福の科学天理教の宗教的なつながりを説明する際に、天理教の親神である天理王命が、大川総裁の三男の過去世であり、教祖である中山みきは、大川総裁の母親の過去世であるということが霊査により霊的真実として判明したという説明が非常にアクロバティックで面白かったです。

また、「ダイヤモンド」という発表で、「私はとても幸福です。皆さんも幸福です」という言葉から始まってのもなかなかインパクトがありました。

発表全体を聞いて、やはり、宗教的真実みたいなものを、僕はどうしても受け入れられないし、滑稽ささえ感じてしまうなと思いました。しかし、彼らと僕は根拠とするものが違うだけで、その点を除けば僕たちとなん等変わりない人たちだなと思いました。彼らも別に必要ないときには、霊的真実を根拠として用いないわけですし。ですから、自分とそれほど変わりないし、むしろ善良で、清潔感もある彼らが、たっとひとつ違うだけでこれほど異様なものに見えてしまうことに怖さを感じたし、また、そんな彼らから見れば、私たちもものを知らない人々に見えているのだと思うと、そう簡単にバカにはできないなと思いました。

昼食と購買

そんなこんなで、長すぎるため、途中退出して、カフェテラスへご飯を食べに行きました。

オープンキャンパス期間中は、カフェテラスではカツカレーが500円で販売されているのみでした。しかし、普通にコズパもよく美味しかったので、何も文句ありませんでした。カフェテリアは一般的な学食となんら変わりありませんでした。普段は、カレー以外に麺類とカツ丼が売っているようでした。また、寮生向けの寮食もここで食べるようで、2種類から選べるようでした。ただ、なぜか、カリカリ梅が自由に食べれたのは不思議でした。

ご飯を食べた後は購買代わりのヤマザキショップで、土産物を見ました。ステッカー、徽章(バッヂ)、ノート、三色ボールペン、ノート、ポロシャツ、パーカーが売っていました。ノートが高級感あってカッコよかったです。ホリィ・センがノートとポロシャツを買っていました。パワーストーンを売っているコーナーもありました。書籍販売では、主に霊言した人々の本が売られていました。大川総裁の本も棚二つ分ほど置いてありました 

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九鬼プリンシパル挨拶

その後「地球ユートピア実現記念碑」という金色の地球を模したオブジェを見に行ったり、公園という場所に行ったら、勾配が激しく、申し訳程度に街灯とベンチが置かれた広場だったりしながら、キャンパス周辺の自然を楽しんだ後に、大講義室で行われる、「九鬼プリンシパルご挨拶」へ行きました。

ちなみにこの大学では、教員の役職が一般的なものと違っており、アソシエイトプロフェッサー、プロフェッサー、ディーン、プリンシパル、チェアマンなどの役職になっています。また、大学の名称は長いため皆一様にHSUに略称を用います。

大講義室は、階段状の大きな講義室でした。観客はやっぱりほとんどいませんでした。

内容は、いわゆる全学部への学校説明で、九鬼プリンシパルが、経営成功学部のプロフェッサーのため、その授業内容や授業風景の説明でした。使うテキストはすべて、幸福の科学が発行したテキストで、大川総裁の著作の引用と経営論が書かれており、大川総裁の言葉がどのような意味かを経営学的な視点から見るようでした。

また、毎回授業後にはアンケートを行いそのアンケートに答えていくようで、半期の授業でA4百枚もの分量なるようです。授業評価アンケートも行っており、評価平均は4.4で、中には5点満点の授業もあるようでした。授業後には毎回拍手が起きるとも言っていました。あと、普通にしゃべり方がうまかったです。

以上のことから、内容は一般的な学問とは離れているかもしれませんが、教育水準はそれほど悪くはないのだなと感じました。

そんな感じで挨拶は終わりました。最後に印象的だった内容を書いておきます。

  • 「経営者の立場ってなんだろう?これをエル・カンターレの立場で考えてみよう」
  • 「この大学は、平均以下を平均以上に、平均以上を秀才に、秀才を天才に、天才を偉人にする」
  • 「普通の大学なら、偉人にすることはできないかもしれません。しかし、この大学では偉人の霊言から偉人が何を考えていたかがわかります」
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 キャンパスツアー

その後はキャンパスツアーに参加しました。キャンパスツアーの参加者もやっぱり少なかったんですが、僕たち以外は親子連れでした。小学校中学年くらいの子供もいて、このころからそう教育されたら、もうそうとしか考えられないよなと思いました。

キャンパスツアーで最初に訪れたのは集合場所でもあった図書館でした。蔵書は4万冊で、本棚には隙間も多くそれほど多くないようでした。やっぱり、霊言した人物の本が多かったです。というか、偉人コーナーという形でまとまっていました。

図書館で一番面白かったのは、図書館の中央にある何千万円かする木製の本棚に正方形に囲まれた空間で、そこは礼拝堂であるピラミッドの真下にあり、上空から、四角く切り取られた光が舞い降り、ピラミッドパワーを感じられる場所のようでした。ちなみにその本田ない収めてある本はもちろん大川総裁の著作です。また、くだんの偉人コーナーもその正方形の空間を取り囲むように立っています。

他にもAVルームがあり、大川総裁の霊言や、著作の中で例に出した映画、幸福の科学が造った音楽が楽しめるようです。また、言い忘れたのですが、普段は図書館は学生証をICカードとして用いないと入れないようです。そして、ここに限らずですが施設の利用の際に学生証を使う場面は多いようでした。出席も学生証を使って電子的に管理されているようでした。ちなみに、HSUの図書館は学生利用数全国5位以内だそうです。

図書館を一通り見たのち2階に上がり、ラーニングコモンズ(自習室)に行きました。そこは普通の机椅子や、ファミレスをイメージした机椅子がありました。ここで、学生は飲み物を飲みながら勉強するようです。ホリィ・センはファミレスイメージの机椅子を羨ましがっていました。また、個室の会議スペースもありました。壁一面が特殊な加工をされており、ホワイトボードのように使えるそうです。

その後は教室や、研究室の紹介でした。初めに行った、特別演習室という部屋は、精舎(教会的なもの)では礼拝室として使われる部屋で、エル・カンターレ像が鎮座しておりいかにもという感じでした。ちなみに他の教室にも、祭壇(神棚的な)が必ず設置されており、プロフェッサーは壇上に上がる時、一礼して上がっていました。ここで、普段の勉強以外にも導師としての勉強がができると紹介していました。次に研究室が集まっているところに行きました。そこで、講義資料が大量においてあったため、幾つか貰って帰りました。その中で、基礎数学という名前の授業があり、「どう見ても数学的な内容ないよなぁ」と、3人で話していたところ、実は数学ではなく教学だったというのは良い笑い話でした。

そんなこんなで、最後に九十九里の海が一望できる、ビュースポットへ行き、カヤンパスツアーは終わりました。「この周辺はよくUFOが現れる宇宙人にも人気のあるスポットで、私も3回みたが、3回も見るともう慣れてしまった」と語る、案内をしてくれた若いお兄さんと、「あら、それはすごいわねぇ」といった風な面持ちで話しを聞くお母さんの姿が印象的でした。

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各学部の展示へ

その後、キャンパスツアーで、未来産業学部の展示を勧められたため、言われたとおり見に行きました。理系は研究室が「〜研究会」という名前のようなのですが、最初に行った宇宙工学研究会では、科学を霊界科学というアプローチから研究していて、ちゃんとしてそうな(実際ちゃんとしてるかはわからないが)を書いていました。

そのあと植物工場も見学し、学生から植物工場の説明や、「ハッピー菜園s」という名前の菜園の紹介を受けながら、栽培したプチトマトや、蚕チョコ(中に蚕の成虫が入ったチョコ)を食べたりしました。軽く話したところ、別の大学を辞めて、HSUに入り直したという人もいたりしました。しかし、みんな普通の大学生で、むしろ生き生きとしていて、宗教系の大学であることを忘れそうになる程、あまりに楽しそうで普通でした。

そのあとは校舎内を散策し、仏光物理学研究会の看板を見たり、美術室を覗いたりしました。ホリィ・センがこういう大学は芸術に力を入れているのいいよねと言っていました。

そして、未来創造学部の方にも行き、「初めてのエンターテイメント実技」という授業も受けました。いい声の先生と、高校生と一緒に演技を学び普通に楽しかったし、内容としても良いものでした。

その後、未来創造像学部の映像作品コンペも見ました。正直これの出来は悪かったです。ホワイトバランスくらい取ってほしいなと思いました。

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礼拝堂

最後はピラミッド型をした礼拝堂に行きました。中はやはり、大学の中心に位置する建物だけあり、豪華な内装をしていました。天井が高く非常に開放的で、旅の終わりにふさわしい場所でした。

 まとめ

そんなわけで、1日めいいっぱい楽しんで、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティのオープンキャンパスを終えました。みんな一様に行ってよかった、楽しかったと言っていましたし、僕もそう思いました。

僕にとっての学びは、「他のどんなところが同じでも、たった一つだけ違っているだけで、どうにもいびつに見えてしまうということの怖さ」でした。また、単純に可愛い女の子や清潔感のある学生が多いなと思いました。あと、よく首から掛けているのを見た、金の首飾りはなんなのだろうと思いました。

そんな訳で、今回のレポートはこれで終わろうと思います。今年も昨年に引き続き第2回HSU祭が開かれるようです。これを読んで気になった皆さんも一度訪れてみてはいかがでしょうか。

 

あとホリィ・センも記事を書いたみたいなのでこちらも見るとよくわかるのではないでしょうか。

holysen.hatenablog.com

参考

ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)

幸福の科学、私塾に260人入学へ 俳優・ジャーナリスト養成計画も - withnews(ウィズニュース)

【日本の議論】不認可「幸福の科学大学」騒動今も…まもなく完成する巨大キャンパス、地元は「幸福の科学村になってしまう」と警戒(1/4ページ) - 産経ニュース

 

 

はるしにゃんが出会って3ヶ月後に死んでしまった話(上)

前書き

前置き

はるしにゃんさん(以下彼)が死んだ(らしい)。

そのニュースがネットに流れ、反論もなく、その話題も収束しているところをみると、まあ、ある程度は確からしいのだろう。

僕が物心ついてから、自分と関係がある人間の死は彼が初めてである。だから彼の死は、それなりに僕に考えさせるところがあった。しかし、人間は忘れる生き物である(当たり前だけど)。現に今、彼の記憶はだんだん薄れているように思う。それはもしかしたら良いことなのかもしれないが、僕は少し嫌だ。なぜなら死者の記憶を忘れてしまうことは、彼が存在を消してしまうことのように思えるからだ(よく言う話だけど)。まあ、そんな訳で、ここで文章に書いて残しておこうと思ったわけである。

しかし、なぜここ(ブログ)なのかという疑問が当然あると思う。それは、彼の死が現代において他人事ではないように思えるからだ。そして、その思いは彼の死も含めた様々な理由で強くなった。その結果、僕はメンヘラ研究をしてみようかなと思ったのだ。メンヘラ研究の目的等、詳しい内容についても勿論述べたいとは思っているが、1メンヘラの事例として、はるしにゃんのことは取り急ぎ書いておきたかった。つまりこの文章はこれから続けていく(予定)メンヘラ研究の始まりということである。そして、メンヘラ研究は考えている限り、共有する意味がある。そんな訳でブログに書くことにしたのである。

 前置きする理由

さて当たり前のことをグダグダと前置いたが、なぜ、書く必要があったかというと、僕は彼とそれほど親しかったわけではないからだ。僕は彼とは今年出会って、死ぬまでの間に3回しか会っていない。だから、「さん」をつけるし、正直良く知らない。そんな彼のことをそれほど良く知らない僕が、なんお前置きもなしに、ネット上で彼のことを語るのは、もしかしたら気を悪くする人もいるかも知れないと思った。だから、僕はせめてもの誠意として、前置いておかなければならなかったのである。

 

というような事情があるので、ご意見のある方はお気軽にお願いします。

これで前置きは終わって、彼の話をしていきたいと思う。

最初の対面

Twitterメンヘラ界のカリスマ

 そもそも彼のことを知ったのは、知人に教えて貰っての事だった。

知人とはTwitterで知り合ったのだが、所謂Twitterメンヘラ界隈と近い人だった。そんな知人からTwitterメンヘラ界で有名な彼のことを教えてもらったのである。そんな訳で、彼のことフォローしてみたり、ネットで色々に調べてみた。すると、どちらかというと悪い噂が目立ったのだけど、なんだか面白そうな人だなぁということがわかった。

ファーストコンタクト

そして数日が過ぎたある日、なんとなく暇と好奇心に任せてLINEで連絡して見ることにした(彼はよくTwitterに自分のLINEのQRコードを載せていた)。

彼は僕のTwitterのbioを見て「良さ感」を感じたようで、通話で話そうということになった。僕はネット上で会った人と通話をする経験がが少なかったので、緊張しながら話したのを覚えている。彼はまあ、勿論というべきか慣れていて、緊張する僕なんてお構いなしに、初めて話すというのに親しげで、よく喋った。確か、自己紹介をして演劇や哲学、思想の話をしたと思う。彼とはいま確認すると、40分弱話したのだけれど、その短い間でも彼の異様さというか、メンヘラ感というか、カリスマ性というかは否応無く感じた。あと少し早口で、聞き取りづらいなあとも思った。そして、それほど僕が面白いことを言った記憶はないのだけれど、彼は興味を持ったようで、これから読書会(現殺会だったのだろうか)をやるから今から会わないかという話になった。僕としては怒涛の展開である。正直少し面倒くさかったのだけれど、まあ、そこはノリと好奇心で、会うことを了解し、急いで準備をして家を出た。

都内、カラオケ店にて

彼とは都内のカラオケ店で待ち合わせをした。僕はドキドキしながら、指定の部屋に入ると、そこにはなんだか妙に尖った人がいた。あ、いや、尖ったっていうのはほんとに物理的な意味で、カイジかなと思った。

 

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彼は電話と変わらず相変わらずに親しげに話しかけてきて、僕にかっこいい顔でしょとしきりに問うてきた。僕はどうして良いか分らず曖昧に笑って難を逃れた。そして、わざわざ来てくれたからと言って、何故かプロテインをくれた。謎である。プロテインは初めて飲むのでよく分らず、取り敢えずその場で飲み物に入れて飲んだ。氷にくっついてもったいなかったので氷まで食べたのだけれど、あまり美味しくはなかった。

アミノバイタル アミノプロテイン レモン味 30本入パウチ

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 その後、彼は重そうな少しダサい肩掛けカバンから沢山本を出してきた。全ては覚えていないけれど、彼の同人誌である『イルミナシオン』と『しあわせはっぴーにゃんこ』(この二冊も出会った記念にくれた)、ヘーゲルの『精神現象学』と『臨床家のための精神分析入門』があったのは覚えている。

 

 

イルミナシオン

イルミナシオン

 

hallucinyan.hatenablog.com 

(現在購入不可)

精神現象学

精神現象学

 

 

 

臨床家のための精神分析入門―今日の理論と実践

臨床家のための精神分析入門―今日の理論と実践

 

 

 他にも数冊有ったが、なぜそれらの本は覚えているかというと、最終的に彼から借りた(ないしは貰った)からだ。そして、まあ、カラオケだし歌おうとなり、Beetlesの「yellow submarine」をいれて歌った(まあ、僕は緊張と恥ずかしさであまり歌わなかったし、英語だしよく知らないしで歌えなかったが)。彼は歌はそれほどうまくなかった。


Yellow submarine

 あとなんだったかな、Deep Purpleのよく知らない曲も歌っていた気がする。


Deep Purple - Smoke on the Water

しかし、歌よりは色々と話すことが多かったのだけれど、僕が演劇をしているということで「ドラックぐらいやらないと」としきりに進めてきて怖かった。さっきのプロテインもドラックだったのかもしれないと思って確認したけれど、プロテインプロテインだった。 あと、読むといいよといろいろな本を紹介してくれたり、思想家を上げてくれたりした。小説は筒井康隆『笑うな』とか三島由紀夫『音楽』とか大槻ケンヂとか挙げていた。

 

笑うな (新潮文庫)

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音楽 (新潮文庫 (み-3-17))

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オーケンののほほん日記 (新潮文庫)

オーケンののほほん日記 (新潮文庫)

 

 

僕が愛に興味があるという話になると、あ、そうそうその時の読書会でルーマンの『情熱としての愛』を取り上げるから誘われたのもあったのだけれど、その本とか、『「切り」つつ「結ぶ」メディアとしての〈愛〉』という論文(これはその日の読書会のために読まされた)とかギデンズの『親密性の変容』とか、デカルトの『省察』とか挙げていた。

 

情熱としての愛―親密さのコード化

情熱としての愛―親密さのコード化

 

 

ci.nii.ac.jp

 

親密性の変容

親密性の変容

 

 

 

省察 (ちくま学芸文庫)

省察 (ちくま学芸文庫)

 

 

また、僕がSEXをしたことがないという話になると、風俗に連れて行ってあげるとか、女の娘を紹介すると言ってくれた。下世話な話ちょっと期待したけど、メンヘラ女子を連れてこられるのではないかとドキドキした。ちなみに、その数カ月後童貞ではなくなった。あと、機械論とか、リオタールとか、ニーチェドゥルーズ、ネットワーク理論とかも勧められた。ネットワーク理論の話の時に、ヘーゲルの言う絶対知はGoogleなんだよとも言っていた。これらのことはメモしてあったのだけれど、それは彼がメモすると良いよと助言してくれたからだった。こういうふうい文章を書く時に役立ってくれているのでありがたい。この時勧められた本は買ったり、買ってなかったり、彼から買ったり、読んだり、読んでなかったりする。

そんな訳で、今となってはそれなりに楽しく過ごしていたわけだけど、当時は緊張と何より圧倒されていた気がする。彼との会話はその後も何度もするわけだけど、哲学、思想の専門用語が頻出し、情報で殴られているような感じで、知識もなかった僕は非常に疲れた。また、なんだか異常にテンションが高かったのと前述のように早口なのもそれに輪をかけていた。

ぶらぶら街歩きwithはるしにゃん

しかし、さすがにカラオケを出る頃にはある程度なれていて、軽口を叩けるくらいにはなった。店内にいる間は、野球部が着ているようなインナー姿だったのだけれど、外ではコートと帽子を身につけていたので、素直におしゃれな服ですねと言うと、高いことをアピールされた。彼は外でも大きな声でよく喋って、さらに道行く知らない人にも話しかけまわるので、一緒に歩いている身としては結構恥ずかしかった。その後は読書会に行く予定だったのだけれど、しばらく時間が有ったので町中をブラブラした。あ、ちなみに彼は働いているホストクラブの給料が入ったばかりだったようで、カラオケはおごってくれた。会計の際に3000円渡されてこれで払ってと言われたので払ったら、1500円くらいで、お釣りを返そうとしたらあげると言われて、ホクホクだった。

初めて来る街だったので、僕は物珍しく歩いた。最初は雑貨店でに寄って、彼のメガネを買った。店員さんにすごく話しかけていて、恥ずかしかった。買った後、お腹がすいたのでご飯を食べようということになって、何がいいかと聞かれたので好物のラーメンと答え、ラーメン屋を探すことにした。途中、他の店があったのでそこでも良いかと言われたが、僕は頑なにラーメンにこだわり彼は呆れていたようだった。キャバクラや風俗、メイド喫茶に彼は行きたがったけれど、昼間だったのでやっていない店が多く、僕もラーメンを食べたかったので行くことはなかったが、今度行きたいねと話した。ラーメン屋を探す途中、古本屋があって、彼が寄りたいとのことで、入った。所謂個人経営の静かな古本屋だったのだけれど、そこでも相変わらずで、僕は店主さんにうるさくてすいませんと謝ったりしていた。この頃には、彼の保護者の気分になっていた。彼は店中をウロウロとして独り言を言いながら沢山本を見繕った。5000円だったか、10000円だったかくらい買っていたように思う。君も何か本を買いなさいと言われて、彼と相談し、700円でバタイユの『エロティシズムの歴史』を買った。まだ読んでいない。

 

 その後は遂にラーメンを食べた。チェーンの家系ラーメン屋だ。その頃には時間もいい時間になっていたのだけれど、彼はあまり気にしていないようだった。会場の場所もあまり覚えていないのに。でもまあ、急いで食べなよと言われたので急いで食べた。彼はさっき買った本を全部出して、読んでいた。カラオケでもそうだったけれど、座ると本を全部出すのは彼の癖のようだった。結局彼はラーメンをあまり食べなくて、残してお店を後にした。ここも彼の奢りだった。

読書会

そして遂に読書会にやってきた。会場は彼の知人の経営するBarだった。会場には品のいいおじさんがいてオーナーさんらしかった。その後、もう二人、おじさんとお兄さんAが来た。そのころには彼の相手をするのも疲れていて、また、緊張したけれど、他の人がいるのにかなり安心した。読書会はさっき言ったように『情熱としての愛』を取り上げていたのだけれど、はるしにゃんがこの本はつまらないと言って、早く終わらせて、色々なことを話した。多くは専門用おが奥手分からなかったが、ここでわかったのは今日の彼はなにかおかしいということだった。話を聞いていると彼は、実際メンヘラであるらしいのだけれど、今日は大変、躁の状態であるらしかった。そして、会場に入った後の彼はどんどん幼児化していた。その日のハイライトは、後にやってきたお兄さんAから、どうやらしていたらしい借金を返したいが、さっき上記のように散財したから、返せないという場面だった。お兄さんBは今日返す約束だからということを主張し、彼は後で返すの一点張りで議論は平行線を辿った。最終的に彼は「俺が死ねばいいんだな」という結論至り、周囲は困惑していた。彼にお金は貸すまいと思った。結局期日は伸びた。その議論の間、さっき買った本を売るだたったかで、彼は出て行ったので、オーナーさんとおじさんと話した(お兄さんAはその議論が始まる前くらいに帰った)。その時間は大変平穏で、気の休まる時間だったし、慣れてきていた、彼の異様さというか、メンヘラ感を再認識した。そして、同時に彼と親しくしていくと、自分も彼のようになってしまうのではないかと感じて怖くて、少し距離を取ろうと思った。それは実際、後の彼との関わりに反映されていて、彼から誘われた2回会う以外にも彼にイベントに誘われたりしたことがあったが行かなかったのもそれが理由だ。今となってはもっとあっておけばよかったなと思うが、時すでに遅しである。

 別れて後

そんな感じで、読書会は終わって、駅まで彼と一緒に帰った。彼はなんやかんや、結構楽しそうだったので、まあ、良かったのかなと思った。彼から本を2冊借りて彼の同人誌を2冊貰ったので、その感想と、本を返すためにまた会うことを約束して、彼から求められた握手をし、帰路についた。家についても、彼との交流の残滓は残っていて、まさに興奮冷めやらぬという感じだった。僕は今まで会ってきた人間の中で、彼ほど所謂、事件のような、嵐のような人間は見たことがなかった。本を借りているので、必ず会わなければならないのだけれど、上記の通名の出会いたいような会いたくないような、ざわついた気持だった。しかし、結果はわからないけれど、きっとまた事件のような日になるに違いないと思い、『イルミナシオン』を読んでその日は眠った。

 

〜中編に続く

飴屋法水『ブルーシート』@豊島区 旧第十学校グラウンド を観た話

岸田賞を取った後に、戯曲を購入して、観たかった作品である。
すると、どうやらF/Tで再演するらしいという話を聞いて、すぐに予約した。
確かに楽しみではあった。だが、同時に不安でもあった。この作品はあの時あの瞬間にあの場所で上演されてこそ意味があったのではないか。今、この作品を見て楽しめるのだろうかと。

結果として、この作品は決してとても面白い作品ではなかった。
しかし、とても良い作品であった。


演劇というのは非常に曖昧な表現手段である。
その曖昧さは主に役者という存在が影響しているのではないかと思う。
例えば、劇空間で役者は、役者であるが、同時に、他の誰かでもある。
彼が話した言葉は役者の言葉であるが、同時に誰かの言葉であり、作者の言葉でもある。
劇空間は現実ではあるが、虚構でもある。

そんな曖昧な、矛盾を含んだ演劇であるが、日常に立ち返って考えると、演劇だけの話ではないと気づく。
私達はかなりの事を曖昧にしながら暮らしている。
そして、あの大きな震災はその曖昧さを公然の下に晒した。

そう考えると、震災と演劇は少し似ているのかもなと思う。

僕が観た『ブルーシート』は、その曖昧さを見せ付けた後の話だった。


戯曲で読んだ『ブルーシート』はこんな感じだ。

生と死、生者と死者、人間と動物、加害者と被害者、被災者と非被災者、当事者と非当事者、飴屋法水と高校生、覚えている事と忘れる事。

全てが同時に存在し、選べないまま世界は進んでいく。停滞していく。

しかし、選ばないという選択も選択の一つであり、いつの間にかどちらに振り分けられている。

ならば、少しでも己が良いと思う選択をしていく事こそが私たちにできる事なのではないか。

曖昧であるという事は同時に選べる事、自由である事なのだから。


そして、あれから4年経った。

それが今回の『ブルーシート』のお話である。

あの時起こった事は変わらないし、あの時思った事も変わらない。

しかし、あの時と今とは決して無縁ではない。

あの時、高校三年生だった彼らは今年二十歳だ。
東京に来ている人もいるし、来ていない人もいる。
大学に行った人もいるし、行っていない人もいる。
結婚している人もいるし、していない人もいる。
高校に入学した人もいるし、死んでしまった人もいる。

私達はその事を忘れても良いが、覚えていても良い。
死んでも良いが、生きていても良い。

でも、覚えている方が、生きている方が良いんじゃないのかなぁ、と思うならそうしたほうがいいのだし、思わないならそうしなくても良い。

でも僕は覚えていて欲しいし、生きていて欲しいなと思う。

そんな感じでした。
やっぱり、こういう作品の事について書くとポエティックになりますね。
ちょっと恥ずかしいです。
おわり。







お布団『幽霊と王国』@シアターバビロンのながれのほとりにて を観た話


むらさきさんが出るということで、ちょっと気になっていた団体だったし、ハムレット見たかったので行ってみた。

王子神谷は遠いけど、いいラーメン屋があって、なんか用をみつけて訪れたさがあった。
今回はミシュランにのってるラーメン屋に行ったみた。なんか上品なラーメンだった。

さてさて、本題に入る。

客入れでは、役者が舞台上で各々の好きなように開演までの準備をしていて、それを眺めているだけで楽しかったので、待つのはそんな苦じゃなかった。
パイプ椅子が置いてあって、それぞれ座る席が決まっていた。当パンにその席と役との対応図があって、見易さがあった。
役者それぞれのしていることは様々で、台詞確認をしていたり、ケータイをいじってたり、精神統一していたり、踊っていたり、三者三様で面白かった。
僕はだいたい、むらさきさんをニヤニヤしながら眺めてた。

いざ始まると、前半は本当にポップでキュートなハムレットという感じだった。
まあ、ちょっとふざけてるっていうか、茶化してるって感じもするのだけれど、本質は伝わってきたのでオッケー。
ガートルードとか超適当だし、ハムレット王超思わせぶりだし、クローディアスは超何も考えてないし、レアティーズは超大仰だし、ボレーショーは超かっこいいしそんな感じだ。
あと、出番じゃない時はそれぞれが自分の席に戻っているのだけれど、そこでは何をしていても良いみたいで、劇を観ている人もいたり、相変わらず携帯をいじっている人がいたりして、芝居を演じているのだという雰囲気を醸し出していた。
台詞は現代口語っぽく書き換えられていて、のんびりと分かりやすくハムレットを観れた。
あと、中身もちょっと変わっていて、その中でも、ポローニアスが最初からいなくて、代わりにその役割をネズミがやっていたのが、一番の改変だった。
まあ、僕もハムレットそんな詳しくないので、他に大きく変わってるところがあるのかもしれないけど。
しかし、オフィーリアが死ぬのはポローニアスが殺されるからなのでどうすんだろうと思ったら、死んだのはガートルードだったというまさかの展開。そこがちょうど中盤で山場。
そうなると、後半はこの芝居をどう進めるのかというドタバタ劇で、でも、違う人が死んだらもうどうしようもなくて、諦めた人が劇から退場していって、もう本当にどうしようもなくて、そもそも、母親死んでから、ハムレットは自分の役割を放棄しちゃうし、どんどんいなくなるし、最終的にはオフィーリア歯科残らないけど、オフィーリア実際には後半部では死んでるから役目がそもそもないし、劇が進行しなくなって、王国から誰もいなくなって、消滅して幕という感じだった。

中盤の劇中劇シーンで、この「幽霊と王国」というのもただのお芝居だよということも伝えられていたのだけれど、しかし、筋書きと違うことが起こってしまい、そこでみんながアタフタしているのが見所だった。
まあ、初っ端からハムレットは退場してしまって、説得にも応じないし、主人公がいないままだったので、もうどうしようもなかった感はあるのだけれど。
ハムレットエヴァンゲリオンのシンジくんっぽくて、よくよく考えるとナイーブなところも似てるしなるほどって感じ。
王国は人がいなくなっても消滅するのです。
そしてみんなハムレット王とは次元の違う幽霊になって舞台にいる。

まあ、つまり現代では王国というか、国とか国家に対する執着なんてそこまでないので、ダメになってしまったら諦めて次を探せばいいのだという、凄く現代の空気感を感じさせる芝居だった。
すぐ諦めちゃうし、そもそも、問題を解決しようとさえ思わない。
ただ、レールに乗っている間はちゃんとやるんだけれどね。

古典版ハムレットも観れたし、現代版ハムレットも観れたし、現代口語も観れたし、むらさきさん面白かったし、原田つむぎさん凄いよかったし、ラーメン美味しかったし、よかった。
ただ、尻がすごく痛かった。

岩井秀人×快快『再生』@KAAT大スタジオ を観た話

公演が終わったので、感想を書く。
 

多田淳之介(東京デスロック)×岩井秀人)(ハイバイ)×快快と、小劇場界で熱い面々が集まっていて、観に行かざるを得なかった。

 
KAAT裏の味奈登庵富士山盛りを食べて、腹が一杯で死にそうになりながら、入場した。
 
舞台三面を観客席が囲み、階段状になっているため、後ろの方に座ると見下ろす形になる。
僕は正面最前列に座った。
 
さて、感想であるけれども、僕が関東に出てきて観たお芝居の中で一番面白かった。
なぜ、面白かったのか少し書いていこうと思う。
 
『再生』は20分ほどの短いパフォーマンスが3回繰り返されるという構造になっている。
そのパフォーマンスは音楽とシンクロした動きや叫びである。
 
僕は、そこで、描かれたのは演劇の虚構性からの超越だと感じた。
 
まず、わかりやすい点では衣装の過剰なまでの奇抜さが挙げられるだろう。
そのデザイン、色彩は簡単に言ってしまうのならば非常に派手である。
そのインパクトは、席に座る私たちを一歩引かせた、「観客」にさせる。
 
次に、演技の演技性の強調も挙げられる。
パフォーマンスは1回目に観た時は余りに乱雑としていて、適当にふざけているだけのように見える。
だが、そのカオスが目の前で何度も演じられることで、観客はそれが全て演技であったことがわかり、驚きを覚える。
そして、背後でかけられていた音楽が止まり、現前に演技そのものが投げ出された時、観客は役者の、恐らくほとんど執拗とも言える訓練によって、再現を可能化した演技に驚愕し、恐れさえ覚えるのだ。
そして、それは、目の前で行われているのが、まごう事なき虚構である事を理解するのである。
 
しかし、そこまでのお膳立てをされてなお、役者は完璧なる虚構を作り上げる事ができないし、観客は虚構として鑑賞する事はできない。
なぜなら、役者も観客も、機械ではなく、血液の通った。「人間」であるからだ。
 
どれだけ、再現可能な演技を会得したとしても、役者が人間である以上、そして、演劇というものがそもそも、再現不可能なものである以上、そこにはある種のノイズが生じる。
なぜ再現不可能かと言えば、僕達はひたすら流れて行く時間の中に過ごしており、二度と同じ瞬間に立ち返る事ができないからである。
 
そして、その生じたノイズは、虚構性が過剰なまでに高められているからこそ、観客は水をかけられたように、現実に引きずり戻され、目の前で行われているのは私達の世界の延長線上に存在する、演劇という行為であるという事に気づくのである。
 
この作品はこれまでに盛んに叫ばれた演劇批判への応答であり、現在における演劇の新たなる位置付けである。
そして、驚くべき事に、どこかで見た事のあるような、枯れた技術の組み合わせによって、その舞台は作り上げられている。
そして、それは行われて、僕はそれを鑑賞してしまった。
 
ポストドラマという概念はこの地獄のような演劇によって、一度終わったように感じる。
そして、僕たちに求められるのは、ある種の演劇的な「死」からの「再生」なのではないかと思う。